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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)539号 判決 1983年2月18日

上告人

金武町

右代表者町長

吉田勝栄

右訴訟代理人

中村光彦

被上告人

仲間健一

右法定代理人親権者

仲間榮昌

仲間良子

右訴訟代理人

金城睦

金城清子

鈴木宣幸

当山尚幸

主文

原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき本件を福岡高等裁判所那覇支部に差し戻す。

理由

一上告代理人中村光彦の上告理由第一、第二について

1原審が確定した事実関係は、次のとおりである。

(1)  被上告人及び訴外比嘉豊は、昭和五一年四月金武町立金武中学校に入学し、本件事故当時同校二年生として在籍していた。

(2)  昭和五二年一〇月五日、金武中学校においては、運動会の予行演習を翌日に控え、同日午後から運動会練習の日課が実施されたが、同日午後四時五〇分頃生徒は解散となつた。その後、被上告人は、友人ら一〇名位と共に体育館に行つたところ、体育館内においては、いずれも課外のクラブ活動であるバレーボール部とバスケットボール部とが両側に分かれて練習していた。

(3)  ところで、平常は、バレーボール部顧問の教諭が同部の部活動を指導、監督していたが、当日は、右教諭は運動場において運動会予行演習の会場の設営、用具類の確認等をしていて体育館にはおらず、また、他の教諭も体育館には居合わせなかつたところ、被上告人らはトランポリンを体育館内の倉庫から無断で持ち出し、これをバレーコートとバスケットコートのほぼ中間の壁側に設置してしばらくこれで遊んでいた。

(4)  同日午後五時過ぎ頃、比嘉豊が被上告人に対し、バレーボールの練習の邪魔になるからトランポリン遊びを中止するように注意したところ、被上告人がこれに反発したため比嘉豊が被上告人を体館育内の倉庫に連れ込み、手拳で被上告人の左顔面を二、三回殴打し、そのため被上告人は左眼がチラチラして涙が止まらなかつた。

(5)  被上告人は、前記暴行を受けてから約一週間後に左眼の視野の一部が黒くかすみ、徐々にこれが広がり、一か月近くで全く視力を失つた。そして、被上告人は、昭和五二年一一月一一日沖繩県立中部病院において外傷性網膜全剥離と診断された。

(6)  被上告人が失明した当時、前記暴行を受けたほかに外傷性網膜剥離を惹起するような事故に遭遇した事実はない。

21に記載した事実関係のもとにおいて、原審は、次のとおり判示して、上告人は、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故による被上告人の損害を賠償すべき責任があるとした。

(1)  本件事故当時バレーボール部とバスケットボール部が体育館を共同で使用し、また、右各部員以外の生徒も体育館を使用していたのであるから、体育館の使用方法あるいは使用範囲等について生徒間において対立、紛争が起ることが予測された。そのほか生徒の練習方法が危険であつたり、練習の度を過ごすことも予測された。

(2)  したがつて、バレーボール部顧問の教諭には、体育館内においてバレーボール部が部活動をしている時間中は生徒の安全管理のため体育館内にあつて生徒を指導、監督すべき義務があり、当該教諭に支障があれば他の教諭に依頼する等して代わりの監督者を配置する義務があつたというべきところ、バレーボール部顧問の教諭はこれを尽くしていなかつたから、右の点について過失があつたといわざるをえない。

(3)  そして、本件事故は体育館内で発生したものであるところ、バレーボール部顧問の教諭が体育館内でバレーボール部の部活動を指導、監督していれば、トランポリン遊びは当然制止され、本件事故は未然に防止できたものと推測されるから、本件事故の発生と同教諭の前記過失との間には因果関係があるというべきである。

3しかしながら、本件事故について、バレーボール部顧問の教諭に過失を認めた原審の判断は、たやすく首肯することができない。その理由は、次のとおりである。

前記事実関係によれば、本件事故当時、体育館内においては、いずれも課外のクラブ活動であるバレーボール部とバスケットボール部とが両側に分かれて練習していたのであるが、本件記録によれば、課外のクラブ活動は、希望する生徒による自主的活動であつたことが窺われる。もとより、課外のクラブ活動であつても、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について、顧問の教諭を始め学校側に、生徒を指導監督し事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務のあることを否定することはできない。しかしながら、課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきものであることに鑑みれば、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の活動に常時立会し、監視指導すべき義務までを負うものではないと解するのが相当である。

ところで、本件事故は、体育館の使用をめぐる生徒間の紛争に起因するものであるところ、本件事故につきバレーボール部顧問の教諭が代わりの監督者を配置せずに体育館を不在にしていたことが同教諭の過失であるとするためには、本件のトランポリンの使用をめぐる喧嘩が同教諭にとつて予見可能であつたことを必要とするものというべきであり、もしこれが予見可能でなかつたとすれば、本件事故の過失責任を問うことはできないといわなければならない。そして、右予見可能性を肯定するためには、従来からの金武中学校における課外クラブ活動中の体育館の使用方法とその範囲、トランポリンの管理等につき生徒に対して実施されていた指導の内容並びに体育館の使用方法等についての過去における生徒間の対立、紛争の有無及び生徒間において右対立、紛争の生じた場合に暴力に訴えることがないように教育、指導がされていたか否か等を更に総合検討して判断しなければならないものというべきである。しかるに原審は、これらの点について審理を尽くすことなく、単に、前記2、(1)・(2)のような説示をしたのみで同教諭の過失を肯定しているのであつて、原審の右判断は、国家賠償法一条一項の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきであり、その違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二以上のとおりであつて、論旨第一、第二は理由があり、原判決中上告人の敗訴部分は、その余の論旨につき判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、本件事故の過失責任について、更に審理を尽くさせる必要があるから、右破棄部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大橋進 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 牧圭次)

上告代理人中村光彦の上告理由

第一 原判決は国家賠償法第一条の解釈適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は、判決理由四項で「バレーボール部顧問の教諭には体育館内においてバレーボール部が部活動をしている時間中は生徒を指導監督すべき義務がある(当該教諭に支障があれば他の教諭に依頼する等して代りの監督者を配置する義務がある。)というべきところ、バレーボール部顧問の教諭はこれを尽していなかつたから、右の点について過失があつたといわざるを得ない。」と述べる。

本件バレーボール部は、いわゆる課外クラブ活動と呼ばれる部活動を行うクラブである。部活動にはその他必修クラブ活動(原判決は正課のクラブ活動という)と呼ばれるものがある。必修クラブ活動については中学校学習指導要領(昭和五二年七月二三日号外文部省告示一五六号)第四章第二A(3)クラブ活動に「クラブは、学年や学級の所属を離れ、共通の興味や関心をもつて生徒をもつて組織することを原則とし、全生徒が文化的な活動、体育的な活動又は生産的な活動のいずれかの活動を行うこと」と述べられている。

必修クラブ活動へ全生徒が参加するのに対し課外クラブ活動は希望する生徒だけが参加するものである。この活動に関しては昭和三二年五月一六日文初中二七五号文部省初等中等教育局長通達(甲九号証の三)に「運動部の活動は、学校教育活動の重要な場であるから、校長は、生徒の自主的活動が健全に行われるよう、運動部長や種目別の各部の担当教員などを監督してその指導の万全を計ること」とあり、生徒の自主的活動であることが明らかにされている。昭和四三年一一月八日文体体二二三号文部省体育局長通達(甲九号証の三)も「中学校、高等学校における運動クラブは、各種の運動の練習を通じて生徒の自発的な活動を助長し……」と述べている。

また同通達には「種目別の各運動クラブの担当教員は直接指導に当たるように努めるとともに、関係教員相互の協力体制を整えて、部員から必要に応じ報告を求めたり、随時巡回したりするなどの適当な方法によりその活動状況をたがいに連絡しあうようにし、運動クラブの活動の実態をじゆうぶん掌握するようにすること」との記載もある。課外クラブ活動は希望者が参加する生徒の自主的活動である点に特質があり、担当教員は自主的活動が健全に行われるよう指導監督する立場にあることが分る。

担当教員が、運動クラブ活動の実態を十分掌握して、自主的活動が健全に行われるよう指導監督することが要請されるが、原判決のいうように部活動中は常に顧問が体育館内に付添う必要があるものではない。

もつとも原判決の生徒の安全管理のためというのはバレーボールの練習時における生徒の怪我、過度の練習を防止するためというのである。本件はバレーボールの練習によつて生徒が負傷した事案ではない。本件部活動は中学生が行つていたもので小学生の部活動とは異る。バレーボールは危険度の高いスポーツではない。また練習の度を過ごす心配があつたわけでもない。部活動を行う生徒に必要な注意が与えられていれば、安全管理のため担当教員が常に付添つている必要は認められない。

乙四号証「部活動の心得」は昭和五三学年度のものではあるが、日曜日、祭日の活動に関し「ただし部顧問の先生が他の用事があり校内に居り居場所が生徒にわかつていて安全面の指導を十分に受けているときは、直接ついていなくても活動ができる」と定めている。右がクラブ活動における顧問のあり方を適確に示しているということができる。

中学校における課外クラブ活動が自主的活動で自主性を損うようなものであつてはならないこと、正規の授業時間外に行われるものであり、担当教員に相当な負担を与えるものであること、運動部の担当教員が必ずしも十分のスポーツ技能を有しているとは限らないものであることを考えると過度に担当教員の監督指導を要求することは好ましくない。必要以上に注意義務を課すことは中学校におけるクラブ活動を衰退させることになりかねない。課外クラブ活動の担当教員の注意義務についてはクラブ活動の発展を害することのないよう慎重に検討されるべきである。

本件についてバレーボール部顧問の教諭は、体育館内にはいなかつたが、校庭にあつて、必要に応じ、何時でもバレーボール部が練習をしていた体育館に駈けつけることができる状態にあつたのであるから、生徒の安全管理に欠ける点はなく、同教諭は義務を尽しており、過失は認められない。

すなわち原判決は国家賠償法一条一項の規定する「過失」につき解釈適用を誤つたものである。

第二 原判決は国家賠償法一条の解釈適用を誤つたもので、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

原判決は理由四項で「本件事故当時バレーボール部が体育館を共同で使用し、また右各部員以外の生徒も体育館を使用していたのであるから、体育館の使用範囲等について生徒間において対立、紛争が起ることが予測される。そのほか生徒の練習方法が危険であつたり、練習の度を過ごすことも予測される」と述べ、バレーボール部顧問の教諭の指導・監督義務を論じている。

本件は教育活動それ自体から発生した不法行為ではなく、生徒間の喧嘩という不法行為に関する事案である。かかる事案においては、生徒間の喧嘩の発生につき、具体的の予見可能性が認められなければ、教員が生徒を監視する義務は発生しないと解する。中学生ともなれば相当程度の判断力、自制力を有している。生徒のあるところ喧嘩の発生が予想できるというのでは足らず、喧嘩の発生がある程度確実視できる特別の事情がない限り、教員が喧嘩を防ぐため生徒を監視する必要は認められない。

教員は教育活動のために配置されるべきものであつて、特別の事情が認められない限り、喧嘩防止のため教員を配置すべきものとは考えられない。そうでなければ本来の教育活動を十分行うことができなくなつてしまう。また普通の状態においては、喧嘩防止のためそれ程の監視が必要とされているわけでもない。

第三 原判決に理由不備又は理由齟齬、あるいは審理の不尽がある。

原判決は理由三項で次のように述べる。「控訴人はその左顔面を訴外豊に手拳で二、三回殴打され左眼がチラチラして涙が止まらない等異常があつたこと、控訴人の左眼網膜全剥離が外傷性のものであつて暴行を受けた時から一か月近くにわたつて徐々に視力を失い失明しているが、これは網膜剥離の症状の一つであること、控訴人が失明した当時右暴行のほかに外傷性網膜全剥離を惹起するような事故に遭遇した事実がうかがえないことが認められるから、控訴人の左眼網膜全剥離による失明と訴外豊の前記暴行との間には因果関係があるものと認めるのが相当である。」同三項には「控訴人が昭和五二年一一月二日修学旅行の船中の廊下で前向きに転倒した事実はあるが、その際同人は手をついたため顔面及び頭部は打つていない」との記載もある。

証人比嘉弘文(眼科医師)は次のように証言している。

問 どの程度の強さの力が加わつたら網膜剥離が起りますか。

答 どの程度の強さの力、という一定の基準はないと思います。

問 網膜剥離は、普通拳骨で、ポンと殴つた程度でも起ることがありますか。

答 勿論あります。

問 健一は、以前から近視だつたわけですが、近視と網膜剥離とは関係がありますか。

答 強度の近視の場合は、網膜剥離が起きやすい、と言われています。

文献の各記載は次のとおりである。

1 南山堂発行医学大辞典二〇七八頁「高度近視に発生することが多く、頭部打撲が誘因となることがしばしばである。発生は割合に急激に起こり、眼圧は多く下降する」

2 金芳堂発行谷道之著小眼科書改訂第二版三五一頁・二三〇頁「網膜に裂孔ができて硝子体液が網膜下に進入することによつて剥離が起こる裂孔の原因は、高度近視性(六〜八Dの近視に頻度が高い)および老人性変化(網膜類嚢胞変性)が主である。」「光視が前兆として、突然視野が幕をかけたように欠損し、視力障害を訴える。」

3 金原出版発行栖崎嗣郎著眼科医と急患二七・二八頁「この疾患は飛蚊症、光視症および変視症状として突然片眼の視力および視野障害を生ずるものです。」「ほんとうの原因は今なお不明ですが、網膜の類嚢胞変性がありこれが眼球の打撲、強い身体の振動、肉体的労働などが誘因となつて薄い胞壁が破綻して、網膜の脳層が色素上皮層から離れて網膜剥離を起すものと限局性の病的な網膜癒着部を残した後部硝子体剥離に際して癒着部で網膜が引き裂かれたりあるいはちぎれたりする二通りの場合があるといわれています。これらの素因として高度近視や老年性の変化が考えられています。その理由は網膜の変性や硝子体の異常が何らか関与しているのではないかといわれています。すなわち網膜の裂孔の間から硝子体膣の液が侵入しなければ裂孔のみがあつても剥離は起らないからです。」

右文献から網膜剥離の素因は高度近視と老年性変化が主であるとみられていること、これらの素因が存在するところに眼球の打撲、頭部の打撲、強い身体の振動、肉体的労働などが誘因となつて網膜の剥離が起るものであること、前駆症状はあるものの、割合突然剥離が生ずるものであることが分る。

本件暴行があつたとされるのは昭和五二年一〇月五日、修学旅行中転倒したのが同年一一月二日、同月七日に修学旅行から帰つて、被上告人が母親に眼の異常を訴えたのが同月九日である。

文献3によつて打撲がなくとも、強い身体の振動、肉体的労働も誘因となることが認められ、原判決のように修学旅行の船中における転倒が誘因となる可能性を否定すべきではない。

本件暴行があつたとされる日から、眼の異常を母親に訴えるまでの時間的経過からみて、誘因は暴行なのであろうか、転倒なのであろうか。網膜剥離が割合突然生ずるものであるとされていて、眼の異常を訴えるまで暴行からは三五日、転倒からは七日の間がある。

誘因としては暴行より転倒の可能性が大であるといわざるをえない。

被上告人の近視は甲七号証によると、昭和四七年一〇月二八日左右とも6.5D、昭和五一年一二月一六日左右とも7.5Dで文献2によつて網膜剥離が起る頻度の高い近視とされているところに当つている。

以上を総合してみると被上告人に高度近視の素因があつて修学旅行中の船内での転倒が誘因となつて網膜剥離が起つたと推認することができる。よつて左眼網膜全剥離による失明と暴行との間の因果関係を肯定した原判決には理由不備又は理由齟齬があるか、少なくとも審理の不尽がある。

第四 原判決には、最高裁判所判決に相反し、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

札幌地方裁判所昭和四八年八月二五日判決(交通民集八巻五号一二二六頁)は事故と結果との相当因果関係につき事故によつて通常生ずる結果といえるか、あるいは結果を予見しまたは予見しうる状況にあつたといえることが必要である旨判示した。控訴審の札幌高等裁判所昭和五〇年二月一三日判決(同一二三七頁)、上告審の最高裁判所昭和五〇年一〇月三日判決(同一二二一頁)はいずれも札幌地裁の前記判示を支持している。

百歩譲つて仮に本件暴行が誘因となつたものとしても、まず通常本件程度の暴行によつて失明というような重要な結果が生ずることはなく、また被上告人に網膜剥離の素因となる状況があるということは何人も予測しえなかつたものである。

従つて本件暴行と失明との因果関係は否定されなければならない。以上の点で原判決は最高裁判決に相反している。

第五 原判決は国家賠償法一条の解釈適用を誤つたもので、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

さらに譲つて仮に本件暴行と失明との間に相当因果関係が認められるとしても、失明という結果によつて生じた全損害を上告人が負担すべきものではない。

前記のように被上告人に高度近視の素因があり、この素因に対し本件暴行が誘因となつて網膜剥離が起きたものである。本件暴行がなくとも何らかの誘因によつて網膜剥離が起りえた。素因が主であつて、誘因が従の関係にあるといわざるをえない。

従つて損害の認定にあたつては、素因と誘因の結果に対する寄与度を明らかにして、誘因の寄与度を限度として上告人に損害を賠償せしめるべきである。

原判決は誘因の寄与度を考慮することなく、損害を認定している点において、国家賠償法一条一項における損害の解釈適用を誤つたものである。

以上

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